わたしの勝手に青春シリーズ:高校放送部編(個人戦:朗読の自信と挫折)

さて、高校最初にはじめた個人戦はアナウンスだったので、朗読に転向したのは1年の冬か2年になってからだったように思います。
アナウンスは声が高くハキハキした元気よさが好まれるところがあるらしく、先輩のアドバイスで朗読のほうがいいかもねとなったからでした。

そして私としてもニュース原稿を読むよりも、本を抑揚や感情をこめて読むほうが好きだったので、これはほんとうにすぐに転向してよかったとおもってます。自分にあったものがなにか、考えるの大事ですね。

そしてNHK杯の地区だったかな。2年生のとき挑んだ大会でなんと3位入賞
少年Hの一部を読んだんですが「B29(びーにじゅうく)」と読まなきゃいけないところを「B29(びーにじゅうきゅう)」と読んでしまってて、講評をくださった先生のコメントが「なぜ気づかなかった」で埋まってたのを覚えています。

もうね、その3位本当にうれしくって。
ようは初戦突破くらいのレベルなんですけど、番組制作でもなんでも佳作止まりだった私にとってはほんとうに夢のような話でした。
思い返せば部長や委員長をやる機会は多くても(だらだら決まらないのが苦手なせっかちさんゆえ、あまり自分が目立つ場所に立てたことってなかったんですよね。
だからこそ、自分が賞をもらえる。個人としての評価というところにすごく感動したのかもしれません

まぁそして挑んだ県大会はボロボロでしたけどねw
こればっかりは兵庫県・尼崎にある学校にいってたんですが兵庫県のレベルの高さと、なにより兵庫県がでかいことをまず呪いました(ライバル多過ぎ)

そして3年生。最後の大会ですよ。
基本的には前のブログの通り番組制作に追われている部活なので、個人の練習は結構その合間に。それでも家で練習できるものではあるので、ストップウォッチ片手に言葉の抑揚やタイミングを練習。
ただね、わたし3年生ですこし余裕ぶっこいてしまったんですよね(笑)
2年生の終わりだったかな…中学から仲が良かった転向した友人が学校に戻ってきたんですよ。うれしくてわいわいみんなで喜んで、放送部に入ってもらってわいわいしてw
ただ友人にとっては最初で最後の大会。
2年続けて部長もしていたし、引っ張らないと!と思ってたんだと思います。顧問の先生が「深沢!おまえ人のことばっかしてんと練習せんかい!」と怒ってくれるにも関わらず、友人や後輩の発声練習や番組制作に没頭し、自分の練習は本当におろそかにしてました。
課題図書もろくに全部読まず、なんとなくフィーリングで決めてしまって…。これまたチョイスしたのが暗い話でw
前の少年Hはお話こそ戦争のものでしたが、主役が活発な少年ということもあり私にはあっていた一方、今度選んだのは「身代わり」という人生暗めな大人の女性の話…。(あ、この本が悪いわけじゃないです、のちにこの人のシリーズ読んだくらいです)
いざ地区大会に挑んでみると結果、私が部員の中で一番成績悪かったんじゃないかな(苦笑)

これにはなんか、友人をはじめ、ほかの部員や後輩たちにも気をつかわせてしまう結果になって…w友人は覚えてないかもしれないですが、なんていうか喜ぶに喜べない友人の顔がわたしは忘れられませんw

講評には
・あなたの声と作品があっていない
・練習不足

などのドストレートごもっとも言葉が並んでいて、家でたくさん泣きました。

もうぐうの音も出ない講評が胸にささることささることwww

いやぁ、練習不足よくない。ほんと。
でもこれを高校生で経験できたこと、本当によかったとおもいます。

結局のところ天狗だったのかなぁ。いや、なにも天狗要素はないんだけど、なんか自信があったんでしょうね。
私実はみんなよりちょっとはうまいし大丈夫くらいな気持ちがきっとあって、それが当然練習できてないから驚くほどぼろがでる。たくさんたくさん泣いて、普段自分の部屋よりもリビングにいる派の私だったんですが、この時は数時間引きこもった気がしますw

うん。部活、いいですよ(笑)

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