去る9月16日におこなわれたWordCamp Tokyo 2017のセッションの中で注目していた関口裕(@S_E_K_I_G)さんのセッション『みんなでデザイン、あなたもデザイン』の動画をようやく視聴しての感想記事です。
一ヶ月前から観よう観ようと思いながら、夜中は仕事に追われているか力尽きているかのどちらかでこんなに遅くなってしまいました。先のCSS Niteのビデオも観たいのに、積ん読ならぬ「積ん視」がたまっていくばかりで困ったものですね。
なお内容をなぞって書くことはしませんので、ご興味のある方は下記からご覧ください。40分のセッションです。動画ではスライドがあまり見えないので、WordPress.tvの動画音声を流しつつ、SpeakerDeckのスライドを見ていく見方がおすすめです。
セッションの概要
これまでデザイナーが繰り出す提案ができるまでの過程は、外から見るとほとんど完全なブラックボックスでした。クライアントから見ると、必要な情報・あるいは要求をデザイナーにインプットするとデザイナーがまさに謎のプロセスを経てこれをなんらかの形にしてアウトプットしてくる。このアウトプットに至る過程は「センス」「閃き」「天啓」といったよく分からない言葉でしばしば説明され、かえってその闇を深くしていました。近年そうしたデザインのブラックボックスを「ひらかれた」ものにするための様々な考え方や取り組みがおこなわれるようになってきています。「デザイン思考」といったデザイン過程の共通言語化の例や「オープン化」が必要になってきた背景、「ひらかれたデザイン」がもたらす現状と未来への見通しについて様々な例をまじえながら解説されています。
いろいろなパートに散りばめられたフックから深掘りすることができる、いわば思考の入り口がたくさん用意された楽しく、わくわくするセッションでした。今回は私が特に印象に残った132ページの「クリエイティブジャンプ」という言葉に触発されて考えたことを書こうと思います。
デザイナーには飛び越えるべき「谷」がある
なんらかの課題に対しての解として「ある形」を提示するのはデザイナーの重要な仕事のひとつです。その形を定めクライアントに示すとき、私はよく「深く暗い谷を飛び越える」イメージをもちます。それは目の前の課題に悩むクライアントとデザイナーが一緒に壁を乗り越えるための前提としてまず超えなくてはいけない重要なステップです。一度の跳躍でうまく飛び越えることができることもあれば、一歩届かずなんとか這い上がりながら超えることもありますし、手がかりもつかめずどこまでも落ちていく…そんな失敗もあります。
デザイナーがデザイナーでありつづけるためには、継続してこうした深く暗い谷に挑みつづけないといけません。谷の大きさや形状・障害物を見極め、精度の高い跳躍を見せねばなりません。また踏み切りに失敗したときのリカバリーの仕方を身につける必要もあります。私たちが実際に成果物をつくるまでに準備としておこなう作業やコミュニケーションといったものはすべて、その谷をより確実に飛び越えるための準備作業ということになります。
どんなデザイナーでも、向こう岸がまったく見えない深い霧に包まれたままの「谷」を方向も定まらぬ中、目をつぶって飛び越えるようなおそろしい経験をしたことがあるはずです。逆に、着地までのイメージをはっきりと見定め、確信をもって跳躍できたという経験も多くの方がもっていることだと思います。この差はどこから生まれてくるのでしょう?
クライアントと「谷」のあり方をデザインする
ここで別の問いを考えてみます。霧に包まれた千尋の谷のあり方を決めているのは誰でしょうか。まずそれは課題を提示するクライアントである、と言う人がいるでしょう。さらに考えを進めて、クライアントの背後にある(クライアントの)顧客や競合他社などからの要求である、と答える人もいるかもしれません。ですが、それだけではありません。そう、デザイナーです。デザイナーは谷そのもののデザインに参加することができるのです。
デザイナーはクライアントとともに、飛び越えるべき谷の大きさや深さを決めることができます。クライアントといっしょに谷に細い吊り橋をかけたり、ジャンプ台をつくったり、あるいは谷の大きさの総量を変えず複数の小さな谷に分割することもできるでしょう。
もちろんそれは容易なことではなく、単に与件をこなすという考えでは実現することはできません。しかしクライアントといっしょに谷を超えるための準備をおこなう具体的な方法・ヒントはたくさんありそうです。そうしたことを「できることからやっていこう」というのがセッションのスライド164ページ目の内容だと解釈しています。
- スケジュールに改善サイクルを組み込む
- コンセプトを練り上げる
- 仕様をみんなで再考する
といった比較的本格的に感じられることから
- (クライアントと)ランチに出かけてみる
- 現場に足を運んでみる
というような勇気を出せばすぐ実行できそうなことまで、幅広い項目が並んでます。そしてそのすべてがクライアントとともに跳躍の準備をすることにつながることだと思います。
「谷」の向こうにあるのは
こうしてクライアントと跳躍の準備を進めると得られるのは「谷の向こうにいるのはクライアントではなくなっていた」という心理的な変化です。谷を飛び越えることの目的である「クライアントの信頼を得る」と「クライアントの問題解決」がより重なってくる感覚が出てくるかもしれません。そしてそれはクライアントにとっても同じでしょう。
なんらかの要因でクライアントとデザインの目的が共有できた感覚があったとき、私たちデザイナーは自信をもって深く暗い谷を飛び越えることができます。その精度を高めていくこともまたデザイナーに必要なスキルといえるでしょう。
されど跳ぶときはひとり
しかしデザイナーとして跳ぶのはあくまでデザイナーであり「みんなで跳ぶ」わけではないことには注意が必要でしょう。それは専門家として仕事を任されたデザイナーの責務であり、能力の発揮のしどころだからです。セッションで紹介されている「あたりまえすぎ問題」はクライアントとの協働の末にも十分起こる問題であり、デザイナーがデザインレビューの前日に、ディスプレイの前でひとり頭を抱える状況につながります。
しかし五里霧中の中で提示すると一見奇抜なアイデアでも、ジャンプ台をともに組み立てているならば、クライアントとの間に共通言語ができているならば、チャレンジできる。デザイナーの腕力や引き出しの量を試されるのはそこからだとと思います。
まとめ――わたしは「ウェブデザイナー」を名乗りつづけたい
私は自分の肩書きに悩んでいたことがありました。
- どちらかというとデザインよりコーディング(正確には設計)が好き
- デザインの腕力不足を思い知ることが未だに多い
- 自分が信頼されているのってデザインスキルというより、話しやすいとかある程度知識に幅があるとかなんだろうという自覚
というような理由で名刺に書く肩書きが「ウェブデザイナー / プランナー / マークアップエンジニア」になり、口頭では「ウェブ制作者」になりました。
ですが昨年ごろから「ウェブデザイナー」に戻してます。これはクライアントに対するキャッチーさ(同業者さんには少し分かりにくくなりますけど)もありますが、なによりセッションのスライドで紹介されていたこの言葉に出会い、そういう仕事をしていきたいと思ったからです。
デザインとは, 現状を少しでも望ましいものに変えようとするための一連の行為である
Herbert Simon / The Science of Artificial(1968)
このセッションを通して、わたしはそういう気持ちを新たにすることができました。
その他雑感など
- 子を持つ親としては、会社を休んででもガチのデザイン指導をした関口さんホントにすごい。工作の巧拙でなく「ダンボー愛のプレゼンテーション」という位置づけの素晴らしさ。そして息子さんのフィードバック「パパがこわかった」
- デザイン思考はぜんぜん勉強できてない。現場でどう活かせそうかまったくイメージがわかないレベルなのでアウトラインだけでもかじっておきたい(それはそれとして情報設計の本も半分ほどしか読んでない上にインプットがとっちらかっているので、このブログで自分なりにまとめながら取り組みたい)
- デザインは旗。目的をしっかり満たしながら、チーム・ステークホルダーを奮い立たせるような強い力が必要。いつも自分に決定的に足りていないのは腕力だと思う。自分自身で実践と勉強をつづけるとともに、腕力のあるデザイナーとの協業はいつも考えている。
ということでとっちらかってますが、たくさんの思考をもたらしてくれた素敵なセッションでした。関口さん、ありがとうございました。
Photo via Visual Hunt
このブログ主の夫のほう。大阪を中心に活動するウェブデザイナー。水交デザインオフィス代表。JUSO Coworking運営。趣味でハウス・ディスコDJ / デレマスP。共著書『世界一わかりやすいWordPress 導入とサイト制作の教科書』発売中です。