サル山にいることを恥じることなかれ、他のサル山を嗤うことなかれ

この間、こういう動画を観ましてね。

僕はそんなに積極的に掘り下げていないけれど、日本のヒップホップにはあまり抵抗がありません。
むしろ好きな曲もあるからそこから調べていったら結構好きなのではないだろうかというくらいの人です。
フリースタイルラップはあまり馴染みがないけど、楽しく観ました(般若がラップの時以外しゃべらないキャラを貫いているのには少し笑ってしまいましたけど)。

で、この動画の紹介記事についたコメント、とりわけはてなブックマークでのコメントを見ていると、ヒップホップのファン以外には「あまり知らない世界だが確かにすごい」という人が多いんですけど、一部「すごいんだろうけど良さが理解できない」という人がいます。

こうしたコメントを発する人はこのコンテンツに限らず一定数いて、大体は「ムラっぽさを感じる」とか「サル山」といったような比喩をしばしば用いるんですけど、こういう態度というのはちょっともったいないんじゃないかと思うんです。

僕も昔、たとえば格闘技、とくにボクシングのやたらマウンティングしたがる文化が嫌いでした。もっというと体育会系の文化が嫌いでした。

でも大人になって考えてみるとサル山だかムラだかがひとつあれば、構成員が尊重している文化があるわけです。
で、私たちはなにかのコンテンツにふれる時に、別にその文化に倣う必要はありません。

ですので、その文化を自分の文化とは異なるものと理解した上で、その中のすごいこと・よいことを「すごいなあ・いいなあ」と思えるって大事なんじゃないかって思うんですね。
別に絶賛しなくてもいい。ヒップホップのかっこよさはよく分からないけど、チャレンジャーが王者とされる人に胸を預けて挑戦する格好よさというのはある程度普遍的だよね、というくらいでもいいよねと。

猿のイメージ

Photo by Yblieb (This file is licensed under the Creative Commons Attribution-Share Alike 3.0 Unported license)

翻って、僕らはみんな大なり小なり、サル山だのムラだのに属しているはずなのです。

もちろんサル山よりも高い視点をもって物事を見ることはとても大切なことなのですが、やはり僕らの足はやはりサル山にくっついてて、同じくサル山に足をくっつけた人たちを話したり、仕事をしたりするわけじゃないですか。
そこで視点ばっかり高くてもあまりいいことがなさそうだなと思うんです。

意識を高く保とう、よりよい自分を目指そうと言うときに、自分がいるサル山・他のサル山を斜めから嗤うような態度になってないか?

ということには度々気をつけなくてはいけないなと思うことがよくあり、ちょうどこの番組を見ててそう思ったので、気楽に書いてみました。

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